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『カメラを止めるな!』で笑えたらおすすめの邦画|三谷幸喜監督『ラヂオの時間』

色褪せないコメディ映画の名作「ラヂオの時間」

2017年のヒット映画「カメラを止めるな!」を観て、1997年のヒット映画「ラヂオの時間」を思い出した方は多いのではないだろうか。「ラヂオの時間」は三谷幸喜監督の初監督作品で、ラジオドラマの制作現場が舞台となっている。受賞作なのに不本意に変えられていく作品を、なんとしても完成させなければいけないドキュメンタリータッチな構成で、番組制作の裏側をのぞき見しているような気持ちになってくる。シニカルなコメディ映画で、謎のサブタイトル「Welcome Back Mr. McDonald」など、伏線もこまやかで行き届いたこだわりが素晴らしい。

「ラヂオの時間」をいま観直してみると、蒼々たる俳優陣による、すごくきめ細やかな群像劇である。鈴木京香さんや布施明さん、西村雅彦さん、梶原善さん、渡辺謙さんが、本当にこういう人なのではと思えてしまう演技力を発揮し、コミカルに熱演されている。いろんな人がいろんな思惑で関わり、わけわからなくなっていく展開を、心から楽しんで演じられているのが伝わってくる。最初に観た時よりもこの映画のすごさがわかって、どうやってキャスティングしたのだろう?とか、いろいろ気になってまた2回観てしまった。

クリエイティブな職業、その現実って?

制作業とは「締め切り」に向かって企画を完成品にする仕事だから、つねに締め切りに追われている。そしていつも考えている。考えている時は楽しい。でも制作中はシビアな闘いでもある。「これでいいのか」「他の言葉はないか」「もっとキャラクターの表情を動かした方が」「いや動かしすぎ」と、鐘がなるまで戦い続けている。
でも、わけわからなく変っていくこともあるのだ。自分と戦っている間はいいけれど、クライアントや担当者に恵まれず、完成したら企画の原型をとどめていないことも、哀しいかなおこってしまうことがある。最悪、というか悲劇に近いけれど、そのほとんどは、人の問題である。

意外にどこにもいる「面倒くさい人」

どこの職場にもいるであろう「何事もやたらと面倒くさくする」「なんにでも口をはさむ」「決断できない」「センスがないのに感情的に動く」人たち、お困りの方は多いのではないだろうか。一緒にいるだけで枯れるから避けたいところだけれど、往々にして、力関係が上の方たちなのだ。なにせ、面倒くさい人はなんでも面倒くさくしていってしまうから、困ってしまう。

「カメラを止めるな!」も「ラヂオの時間」も、いいものを創ろうという熱意など枯れて、へし折れるほどの経験を数々経てきたプロたちが、それでも傷だらけの熱意を燃やして完成させた感じが溢れている。人の数だけ掛け算で持ち込まれるもめ事、涙の現場経験。制作業のせつなさ。でも、「やっぱりいいものを創りたい!」という心の叫びや想いがチロチロと燃えてみえる。

三谷幸喜監督が過去に「テレビドラマのシナリオを書き替えられた」実体験から書いた台本というけれど、制作業ほど、横やりや修正を簡単に入れられる職業はないだろう。文章を書くのは大変な労働なのに、自分で書かない人ほど書き換えるのが好きなのだ。三谷幸喜監督は、きっと数々の苦い想いを積まれてきたのだろう。

「ラヂオの時間」の名セリフから考える「プロ意識」って?

「ラジオの時間」で唐沢寿明さんが演じるクールな職業ディレクター・工藤学の台詞に、こんなくだりがある。

俺はこれを仕事でやってる。
いいものを作ろう、と思ってやってるわけじゃない。

人を感動させたいと思うなら、
この仕事、やめたほうがいいよ。

ラヂオの時間~Welcome Back Mr. McDonald~

いや。いやいや、いいものを作りたい。「指示通り」のモノづくりなんて人工知能でもできるし、「言われたとおりに」こなす人が集まってもろくなことはない。だから人数はできるだけ関わらない方がいい。少数精鋭、ミュージシャンがスタジオでスパークしながらセッションをするように創れたら最高だと思う。一流のスタジオミュージシャンでありながら、グラミー賞6冠に輝くAORの巨匠・TOTOが楽曲を完成させていくみたいに。究極の理想はセッション型の制作業だろう。

過去の経験と照らし合わせつつ、もはや他人事とは思えない気持ちで観ていると…やがて巧妙な三谷シナリオの展開(以下ネタばれ)。

唐沢寿明さん演じる工藤ディレクター、いいものを作ろうと思って仕事をしてるわけでは決してない。けれどまるで、生け簀でのんびり泳いでいた養殖の鯛が、突然荒波になげだされて、渦潮に巻き込まれていくかのように、必死で作品を完成させていくのだ。あくまで「職業的姿勢」を貫いて。

こういうタイプの人、別の意味で一見面倒くさい。でも現場にいると、かなり頼もしい存在なのだ。(でももし真逆の松岡修造さんタイプだと無駄に熱すぎて…それも面倒くさい気がする)。
きっとこのディレクターは、この夜、とびっきり美味しいビールを味わったにちがいない。これまで経験したことのない、変な高揚感と達成感につつまれながら。プロ意識と熱さって、きっと別物でいいのだ。真剣になって火が付いた時、人は予想を超えた「いい仕事」をするのかもしれない。

なお、この映画「ラヂオの時間」は、ナレーターや声優などを目指す「声で表現をしたい」人には超おすすめの映画である。井上順さんや戸田恵子さん演じる本番収録の音入れシーンはとにかく素晴らしくてシビレてしまう。声をマイクに乗せる、声で表現をするってこういうことなのか、と社会見学しているようなお得なシーンは目が離せない。「カメラを止めるな!」から20年も前の映画だけれど、色褪せない名作映画なのだ。

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