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顧客視点のマーケティングって?|ステレオタイプの想定ターゲットはほどほどに

「ターゲット」はどんな人物?「富裕層」「主婦」って誰のこと?

「見込み客」は本当に存在する人物なの?

顧客視点のマーケティング、といわれるが、 マーケティングに顧客の想定は欠かせない。 企画書に記載された「想定ターゲット」や「見込み客」に、顔を想像できない言葉を見かけることがある。

  • 「30代のはたらく女性」
  • 「40代の主婦」
  • 「富裕層」
  • 「健康指向の70代世帯」

不動産業界や生命保険、家電の販促物には、このような「ステレオタイプ」がよく登場する。突然入院したのに優雅な一人部屋にいるサラリーマンのパパを見舞う母子とか、ワンボックスカーでキャンプに向かう若い両親と元気いっぱいの少年少女とか、おしゃれな部屋でアイスクリームを幸せそうに食べる妖精ファッションの女子とか、 眼鏡にチョッキ姿で庭先で盆栽をカットする初老の男性とか、ガラス張りの一戸建ての広いキッチンカウンターで料理をする若夫婦とか。いそうでいない、実生活でお会いしたことがない人たちが、「絵にかいたような」暮らしをしている。広告の中だけに存在する、架空の人たちである。

ある日、生命保険のセールスレディがやってきて、「○○さまの人生設計」という提案書を見せられた。提案書に書かれた「自分の未来」を職場で読むうちに、まだ午前中だと思っていたら昼が過ぎていた朝顔みたいな気分になった。なんだ、この味気ない人生は。

  • 26歳 結婚・車購入
  • 28歳 退職・出産・住宅購入
  • 30代 子育て・教育費用の貯蓄
  • 48歳 子供の成人・夫人系の手術
  • 52歳 子供の就職
  • 55歳 夫婦で海外旅行
  • 57歳 子供の結婚・結婚資金
  • 58歳 親の介護・自宅のリフォーム
  • 60歳 夫の定年退職
  • 65歳 年金受給開始

終身雇用・年功序列など遠い昔の妄想である。結婚退職、マイホーム、専業主婦って、いつの時代の人生コースなのやら。夫婦で海外旅行に行って自宅をリフォームする年齢まで決められていた。生命保険のセールスレディは、おそらく20代前半の女性みんなに名前を差し替えて同じものを提案していたのだろう。でもこの時代感のズレた「これあなたのお母さん?」設定、たびたび目にするのである。
おかげで、その提案された人生に、ついにはまることなく過ごしてきた。いっそ人生ゲームなら、貧乏なうえに子供が4人もいてさらに2人を養子にしたり、カジノで大儲けしたはずが貧乏農場へ行ったり。夫が蒸発したり、会社が倒産したり、せっかく建てたマイホームが火事で焼失したり、台風で屋根がとばされたり、子供が自転車で対人事故を起こしたり。「さあ、ここでこの保険が最大限に活躍します」と提案されれば、即!加入を検討していただろう。

「富裕層向け」は高級品なの?「富裕層」って誰のこと?

提案書は、相手の人生を少しでも豊かにするためにある。 人を取材してつくづく感じるのは、想像は、事実とは別物の「想像物」なのである。 他人の人生は、想像でしかない。自分の人生も想像できないで、他人を豊かにするのは無理がある。その他人が「富裕層」ならなおさらである。
資産家向けの高級腕時計の広告をよく見かけるが、資産家には意外と質素で地味な風貌の方が多い。そもそもお金を使うことやお金が減ることを嫌がる傾向がある。実際に高級腕時計をしている人は、通勤電車に揺られて通うビジネスマンや経営者だったりするのだ。

グラフィックデザイナー時代、近くに建設される高級マンションのパンフレットを制作した。居住者用ラウンジとか、専用スポーツクラブとか、コンシェルジュカウンターなどのパースを見ながら、このマンションの中で人生が終わりそうな、人間関係まで完結しそうな、妙な閉塞感を感じつつデザインしていた。入居後しばらくして、エントランスの横に流れ落ちる滝の水は「管理費の無駄」ということで管理組合に止められた。会員制クラブのような居住者専用ラウンジは、夜ごと人々が集い談笑する社交場…として使われることはほとんどなく、臨時の集会所のような閉鎖された空間になっていた。

野村総合研究所(NRI)によると、富裕層とは「純金融資産保有額が1億円以上の世帯」と定義されている。日本の世帯を5つの階層に分類し、各世帯の金融資産合計額から負債額を引いた「純金融資産保有額」が1億円以上5億円未満を「富裕層」としている。
野村総合研究所(NRI)による富裕層の分類

  • 超富裕層:資産5億円以上
  • 富裕層:資産1億円以上5億円未満
  • 準富裕層:資産5,000万円以上1億円未満
  • アッパーマス層:資産3,000万円以上5,000万円未満
  • マス層:3,000万円未満

想定顧客は、想像でしかない。というか、妄想でしかない。想像できていないものを「くくる」と、どんどん「粗くなる」。実在しない透明人間へむかった広告やプロモーションになってしまう。 高級チョコレートや高級アイスを買う人は「プレゼント」よりも「自分へのご褒美」需要が多いし、高級ホテルに泊まっている客が「富裕層」かと思うと「記念日の贅沢に」泊まりに来たマス層だったりする。そしてどちらも「30代の働く女性」や「40代の主婦」だったりするのだ。
人は、ひとつふたつの属性ではくくれない「多面性」を持っている。実年齢のことなど常には意識せずに暮らしているし、他人に年齢をつきつけられるのは不快なものだ。それなのにやってしまいがちな、下手をすると「つきつけてしまい」「怒らせる」のが想定顧客という想像物の危うさである。 ことにすごく年上の世代に関しては無神経になりがちなので、年齢から生まれた年を出し、芸能人や有名人を検索して顔を拝見し「この方々ね」と腑に落としてみる。近所に住む人でもいい、電車で同じ車両に乗っている向かいの誰かでもいいから、「人の顔」を浮かべる必要がある。

ミーティングで「70歳男性」ときいて、30代の社員さんが頭に浮かべたのは「杖を突いた白髪か髪のないおじいちゃん」だったことがある。その70歳世代、沢田研二さんや舘ひろしさん、松崎しげるさんが「絵にかいたようなおじいちゃん」であるはずはない。スマホだってバリバリ使いこなしているだろう。
ステレオタイプはほどほどに。妄想で終わらせず、調べたり聞いたり見たりするのはマーケティングのスタートだと思う。なお野村総合研究所(NRI)によると、日本の世帯のうち、富裕層は118.3万世帯、超富裕層は8.4万世帯だそうである。

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