民法の学習法に苦しんでいる人は多いのではないだろうか。
民法は言葉が難しい。資格試験のために民法を学ぶことになり、入り口から苦戦した。民法は1000条近い条文からなる膨大な範囲のうえに独特の言い回しである。「民間のもめ事」を扱うというのに、なぜか、民間人に読めない。それも、1896年の制定以来ほとんど改正されずに使われ続けているという。もはや現代の日本語とは別物で、外国の法律用語を持ってきて直訳した感じなのだ。時代的なズレを修正しようという中身の改正法はようやく耳にするけれど、「民間人のために文章をリライトしよう」という発想がなぜ一度も議論されなかったのか不思議なほどに、判例(条文で解決できなかった事例)はとくに難解で、問題を解く以前の「読む」ストレスが大きかった。「何を聞かれているのか」がわからないのだった。
『漫画でわかる民法』を入手して読み進むうちに、いっそ本当の漫画なら楽しく理解できそうな気がして、漫画『ナニワ金融道』を取り寄せた。
『ナニワ金融道』 は1990年から講談社の『モーニング』に掲載され、のちに文庫化されて1000万部の大ベストセラーとなり、著者の青木雄二さんが5億円の印税を手にしたという伝説の金融漫画である。(そのお金で北新地に通い詰め、連日高級なボトルを入れ続けてお目当ての美女を奥様にされた)。
それは、薄暗い事件に人々が次々と巻き込まれ、翻弄され、面白いというより「スゴイ」こわい裏社会の世界。コテコテの大阪弁、きれい…とはいえない絵柄。怪しい金融業、キンピカのバブル、ヤクザにチンピラ、地上げ屋、サラ金、多重債務者、夜逃げ、風俗に転落していく女性たち。
僕は『ナニワ金融道』の中で、金に振り回され、金の前に跪き、人間性を破壊されてしまう人間たちを一貫して描いてきた。これは想像でも何でもない。僕自身が実際にこの目で見、この耳で聞いてきた人たちの話が基になっている。そして僕自身の体験も入っている。
青木雄二・宮崎学著「土壇場の経済学」より
場末感満々、裏社会オンパレードの漫画で、『ナニワ金融道』はとても有名な漫画というのに、闇の世界に引き込まれそうで、それまで近づいたことはなかった。
『ナニワ金融道』の設定は、物欲にまみれた金ぴかのバブル時代。なので時代感のズレはあるけれど、 読みすすむうち、善意と悪意、過失と無過失、心裡留保、要素の錯誤、無効と取消、同時履行の抗弁権など、馴染めなかった民法の言葉が理解できるようになっていった。「わしら善意無過失やで!」とか「一筆の土地ももらすな!」なんてセリフのおかげである。とくに、授業では少しもイメージができなかった「白紙の委任状」の意味がようやくわかった。
お金に関する法律知識にも理解が深まった。同じお金でも、三田紀房さんの投資漫画『インベスターZ』とは別世界で、お金について、改めて考えてしまった。「お金で死んではいけない」「悪い人には近づかない」という著者の教訓も染み込んだ。
哀しいかな、善良な市民ほど、悪い人のカモになる。人はこんなことで転落してしまうのかと思うほど、転落していく。坂道を転がるボールのように。そして悪い人の方が民法に詳しい。法律知識を駆使して、法すれすれに追い詰めていくのだ。金づるとしてお金を巻き取るために。
だから、お金で死んではいけない。死ぬほどまでの値打ちは、お金にはないのだ。生をお金で買うことができないように。
この『ナニワ金融道』 、おもに大阪のミナミで起きた事件や小競り合いをキタで解決するというパターンで、 長く住んでいた大阪市北区がよくシーンに出てくる。西天満の裁判所、北区役所、ランドマーク的な大型マンション。大阪の街を撮影して、写真をそのまま絵にしたような、細かく描き込まれた背景。つい看板の中身まで気になって読んでしまい、縮み上がった。
「誇大広告社」、「ホテル地獄宿」、
「吸血ファイナンス」、「へんこ寿司」、
「ミス赤貝」、「値切海上保険」、「夜鷹荘」、
「水増総合病院」、「ビジネスホテル カラ出張」…
どんな街やねん、怖すぎるぅ~!大阪ってこんな街なんだ、と思われてしまいませんように!
民法の問題のなかで、唯一得意だった範囲に「相続問題」がある。「相続問題」に出すのだから、まず死亡から始まる。そして、必ず「相続」でもめさせなければいけないから、家族関係が大変に複雑で、家系図が必要になってくる。
これ、いったいどんな家族なん?
このふたり、どんな関係?
キャストは誰にする?
妄想をふくらませて、毎回ドラマ化して過去問を解いていた。
Xは、9,000万円の遺産を残して死亡した。Xには、配偶者Yと、Yとの間の子Aがある。XとYとの間には、Aのほかに子Bもいたが、BはX死亡の前に既に死亡しており、その子 b が残されている。さらに、Xには、非嫡出子Cもいる。また、Aには子 a がおり、AはX死亡後直ちに相続を放棄した。この場合の民法の規定に基づく法定相続人に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。
1989年過去問題より抜粋 ※回答はページ下部に記載
【問】Yが6,000万円、Cが3,000万円の相続分を取得する。
【問】Yが4,500万円、b が4,500万円の相続分を取得する。
【問】Yが4,500万円、b が2,250万円、Cが2,250万円の相続分を取得する。
【問】Yが4,500万円、a が1,800万円、b が1,800万円、Cが900万円の相続分を取得する。
民法を学んだおかげで、理解が深まったものもある。 以前に必要になり法務局で発行したことがあった『登記されていないことの証明書』。この証明書の意味が理解できず「 成年後見制度の利用者を登記(登録)している後見登記等ファイルに登記(登録)されていないことを証明するものです」という説明文を読んでも、やはりよくわからないままだった。
会社設立などで経験する法人の登記は喜ばしいけれど、個人が人として登記されることは、ちっとも喜ばしいことではない。認知症や虚言癖があったりなど、「法律上、責任能力に問題がある人として登録されている人ではないことの証明書」というものだった。
民法は、ほとんどが「庶民の様々なもめ事」を解決するものなので、長寿バラエティ番組の『生活笑百科』も参考になる。『生活笑百科』 を見ていると、法律的に判断することが、社会生活でいかに大切なのかが身に染みる。
うっかり発言した言葉、預かってあげたもの、気軽に貸し借りしたもの、替わりに代理でやってあげたことなど、気持ちと感情で「良かれと思ってしてあげた」安請け合いこそ、もめ事の元凶になっていく。自分の所有物でさえ、忘れ物や落とし物にしてしまったらその時点で物権は自分にはなくなってしまい、「返して」といっても物権は「拾った人」に移動している。
日々の些細なもめ事が事前に防げる、民法の面白さ。学生の時に気づいていれば、また別の進路に進んでいたかもしれない。
思えば子供時代、「漫画を読んではいけません」という風潮が世間にはあふれていた。「マンガを読むとバカになる」「家では漫画禁止!」という漫画敵視の教育方針の家庭が多い中、両親は漫画が大好きで、子供が買ってくる新刊を心待ちにしていた。漫画読みたさに遊びに来た同級生に「どうして漫画が禁止じゃないの」と尋ねられ、母は「本も漫画もテレビも映画も、見てはいけないものはない」「大切なのは中身よ」と答えていた。
そういえば、祖父は「お金と食べ物のことでもめてはいけない」とよく言っていた。けれど民法の中身って、ほとんどがお金のもめごとなのである。相続問題だって自分が稼いだわけでもない親のお金をめぐるもめ事だ。お金のこと以外でもめるほうが、大人の世界では少ないのかもしれない。
■前出の相続問題の解答
「Yが4,500万円、b が2,250万円、Cが2,250万円を取得する」。