覚えられるテーマソングは強い。子どもでもくちずさめるメロディはもっとスゴい。突然思い出したり歌えたりするテーマソングのことを考えてみた。
地方で流れているローカルなコマーシャルには、その地方の人ならだれでも歌えるテーマソングがある。関西には、浪花のモーツァルトと呼ばれる大御所作曲家のキダ・タローさんが送り出したメロディがあり、「耳に残る」メロディは人々の奥深くに刷り込まれている。キダ・タローさんは「♪あーらよ出前一丁~」のメロディも作曲されているが、関西で群を抜いて有名なCMソングといえば『かに道楽』のこのフレーズである。
『かに道楽』のメロディは白鍵のドレミファソラシド(ハ長調)だけで構成されていて、このサビ部分だけは誰でも歌えるメロディになっている。「サビ部分だけは」というのは、曲全体は結構ひねりの効いた構成になっていて、おいそれとは歌えない(歌わせない)雰囲気を醸し出している。特に歌い出しの2行の展開がむずかしい。けれど3行目のサビ部分は別格で、関西人に向かって「とーれとれぴーちぴーち」といえば、9割以上の確率で「カニ料理~」と続きを歌ってくれるはずだ。
ぴんとハサミを打ちふりあげて
かに道楽の歌 歌詞:伊野上のぼる 作曲:キダ・タロー
活きのいいのが気に入った
獲れ獲れぴちぴちかに料理
でも、想像してみよう。言葉通りに、丁寧に想像してみよう。「とれとれの」新鮮なカニ、ここはOK。「ぴちぴちの」カニ。ぴちぴち…。暗い深海の底深くで成長し、ほとんど移動せずに一生を終えるカニの、あの、ズッシリ重くて太い脚のカニの、ぴちぴちの姿って、どんなシチュエーションなんだろう。なぜここのオノマトペが「ぴちぴち」になったのだろう、妄想して入れ替えてみた
テレビの食レポなら、カニの握りやカニ鍋を一口食べて「うーん、これは、ぷりぷりの身ですね!」なんて表現しそうだけれど、「獲れ獲れぷりぷりカニ料理」では、母音のノリに締まりがでない。「ピカピカ」でも「ノリノリ」でも「むちむち」でも美味しそうに聞こえない。ここの言葉の音は、やはり「ぴちぴち」じゃないと音として成立しない。「気になるけれど、ここはやはりぴちぴちで」と、関係各位納得の上で決まったのではないだろうか。
ヤンマー(旧ヤンマーディーゼル、現ヤンマーホールディングス)提供の天気予報で2014年まで流れていた『ヤン坊・マー坊の唄』は、企業のイメージソングながら、子どもからお年寄りまで誰もが歌えた名曲であった。『ヤンマー』という遠い企業が何をしている企業なのかが伝わる無駄のない歌詞で、作詞は伝説のコピーライター…ではなく、当時の宣伝部長さんによる。企業愛あふれる「中の人」が強い使命をもって作ったのだろう。
『ヤン坊・マー坊の唄』の作曲をされたのは昭和のヒットメーカーで、『リンゴ追分』や『津軽のふるさと』、『三百六十五歩のマーチ』など、戦後の日本に数々のヒット曲を送り出された米山正夫さんである。美空ひばりさんの師匠でもあった名作曲家による、浮かれた子どもが土の上をスキップしているようなメロディー。歌が先にできたのかアニメが先だったのか、指揮者が手を振っているような弾んだリズム。進行がわかりやすく、人の心にささる、耳に残るメロディーにはきっと法則があるのだろう。
なお、ヤン坊マー坊は、いまもヤンマーのマスコットキャラクターとして活躍している。2019年のリニューアルで8代目に生まれ変わり、それまでのキャラクターのタッチから一新、はやりの3Dキャラになった。なんだか吉本に所属していそうな、売れない漫才コンビ風のキャラクターになっているが、ヤン坊マー坊は、今も現役で活躍しているご長寿キャラクターである。
鼻歌で歌っているのに何の歌だったか思い出せない歌はないだろうか。日枝神社の帰り、赤坂で抜けるような青空を見上げて歩きながら「さあ、歩き出そう…」と歌っていた。イントロクイズで使えそうな軽やかなオープニングまで覚えていた。でも、何このベタな歌詞?
歩いているうちに、子どもの頃の記憶が映像のように浮かんできた。京阪沿線にあったスーパーマーケット『イズミヤ』でかかっていたテーマソングだ。
なぜ東京の赤坂で、突然イズミヤのテーマソングを思い出したのだろう?
歌詞を調べてみて納得。子ども時代から「めぐり逢うだろう あたたかで」のくだりを「めぐり逢うだろう 赤坂で」と思い込んで生きていた。子供ながらに赤坂ってどんなところだろう、と妄想をふくらませていた。
でもこの歌、どこにも「イズミヤ」は出てこないし、スーパーとか、安いとか、お買い得とかも出てこない。どこかの合唱コンクールで歌われていそうな前向きなメッセージ性あふれる歌詞なのだ。
そういえば、ほかにも何曲かローテーションで流れていて、こういう歌詞のサウンドロゴっぽいのが別にあった気がする(↓あくまで記憶)。
♪ 買いにきた かいがあったと いうものね
あれこれ わくわく イズミヤ
スーパーイズミヤの店内サウンドロゴ
音楽には、身体に染み込んでいく性質がある。CMソングでもテーマソングでもサウンドロゴでも、そこにメロディーとフレーズがある限り、聴いた人に染み込んでいく。商業音楽ながら、聴き手のものであることを大切に作った、そんな感じが伝わってくる。適当に作ったものはバレるけれど、ちゃんと作ったことも、しっかりと伝わる。だから長く愛されて遺っているのだろう。