習い事は、遊びの延長で始めるのがいい。音楽でも歌でもダンスでも「やっていて楽しい」は、習い事が上達するための最強のエンジンになる。そこに、上手くなりたいという向上心と、良い先生との出会いがあれば、習得にかかる時間は人それぞれでも必ず伸びていく。
楽しいことをしているとき、人は自然と笑顔になる。笑顔のときは、本能が楽しいと感じているときなのだ。公共施設のスタジオで、楽しそうにダンスを教わる子どもたちの姿があった。
小学生になったばかりぐらいか、音楽に合わせて跳んだりくるくる回ったり。「ダンス」にはとても見えないけれど、飛び跳ねる子供たちが楽しそうで、微笑ましく眺めていた。やがて終了時間がきて、スタジオの扉が開いた。
すると、ひとりのお母さんが男の子に走り寄り、鼻息荒くバシバシと男の子をたたきだした。「あなただけどうして下手なの!」と火を噴いたように怒る姿。男の子は呆然として、何が起こったのかわからない様子。「なぜ〇〇ちゃんみたいに上手じゃないの!」「いつまでも下手なままで恥ずかしい!」と一方的にお母さんから罵声を浴びせられてだんだん泣き顔になり、引きずられるように帰っていった。
ああ、この子はきっとダンスなんて嫌いになってしまうだろう。あんなにうれしそうに飛び跳ねて、全身で楽しい音楽を表現して踊っていた姿が、お母さんの目には見えていないのだ。楽しんでやっていたことを怒られたら、傷ついて沈んでしまう。それにきっとこのお母さんは、ダンスをしない人なのだ。親が楽しさを伝えられない、見せていない世界に「お金を払って習わせているのだから上手くなれ」とは、高望みしすぎな気もする。
ただ「とても楽しいのに一向に上達しない」場合、「その分野に向いた身体の構造ではない」のかもしれない。人にはそれぞれ、もって生まれた個体差というものがあるのだから。
フランスの教育レベルが高い家庭では、子どもの骨がやわらかい幼児期に、あらゆる分野の習い事を片っ端から順番に習わせるという。バレエ、水泳、球技、陸上、体操、ダンス、ピアノにヴァイオリンに管楽器に絵画…習わせてみて、その子に向いていないと判断したらやめさせて、ほかの分野を試させる。「その子の特性を見つけて」「その子に向いた分野を探して」「育つ環境を整えてあげる」ことが大人が与える教育だという。
音大出身の知人は、留学先で声楽の有名な先生にレッスンをお願いしたところ「あなたの体型に声楽は向いていない、残念だけれど練習しても無駄だと思う」とはっきり宣言されたそうだ。歌のうまい人はいくらでもいる。プロの世界となると群を抜いて上手い人だらけで、しかも上手いから売れるというわけではない。おまけに大変な競争社会でもある。向いていないから無駄だ、とあまりにもきっぱり言い切られ、おかげで声楽に別れを告げ、ジャズやシャンソンを歌うクラブ歌手に転向したといっていた。
スポーツで「マラソンは得意だけれど短距離は苦手」「泳ぐのは得意だけど走るのが苦手」という人は多いのではないだろうか。この得意と苦手は、本人の気合い、ではなく、筋肉の個体差が決めている。
筋肉を構成する骨格筋は、筋線維が収縮することで力を発揮する。筋繊維には、それぞれ収縮速度が違う赤い筋肉「赤筋(速筋)」と、白い筋肉「白筋(遅筋)」がモザイク状に分布している。色の違いは、酸素を貯蔵する色素タンパクの量の違いで、赤筋と白筋の割合には人によって個体差がある。
赤筋は収縮速度が遅く、繰り返し収縮しても疲れにくいので力を長時間発揮し続けることができる。筋持久力に関係し、マラソンや水泳に向いている。
白筋は収縮速度が速く、収縮を保ちにくいので疲れやすい。瞬時に大きな力を発揮できるので、息を止めて大きな力を出すバーベルや砲丸投げなどの無酸素運動、そして短距離走に向いている。
赤筋(遅筋) | 白筋(速筋) | |
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特徴 | 収縮速度が遅い。 長く繰り返して収縮し続けることができる。 疲れにくく、長時間にわたり力を発揮し続けることができる。 | 収縮速度が速い。 瞬時に大きな力を発揮できる。 収縮を保ちにくいので疲れやすい。 |
筋持久力に関係する。 | 筋力に関係する。 | |
得意なもの | 脂肪を燃焼させて長時間の持続的な運動に適する。 マラソン、有酸素運動 | 糖質を燃焼させて強い力を瞬発的に発揮する。 短距離走、無酸素運動 |
魚では | 遠海の回遊魚(マグロやカツオ) | 近海魚、底魚(タイ、ヒラメ) |
鍛え方 | 「低負荷×高回数(15回以上)」の有酸素運動で鍛えられる。水泳、ランニング | 「高負荷×低回数」の負荷をかけて繰り返し行う運動で鍛えられる。重いダンベル、スクワット |
赤筋も白筋も、それぞれ鍛えることができるけれど、目指しているスポーツに向いていない筋肉を鍛えても意味がない。大相撲力士の横綱・白鵬さんは特集記事で「若い頃はダンベルやバーベルなどの高負荷トレーニングはやらなかった」といっていた。相撲に必要なのはしなやかな筋肉なので、硬い筋肉がついてしまうと相撲に使えない身体になってしまうそうだ。なおマラソン選手が痩せているのは赤筋が脂肪を燃焼させて使う筋肉だからだろう。マラソンは、走っている間は赤筋だけれど、後半からゴールにかけては白筋でスパークさせるので、勝つためにはどちらのトレーニングも必要な競技である。
遠海を回遊しているカツオやマグロは赤筋の多い赤身で、近海を泳ぐ鯛や底魚であまり泳がないヒラメは白筋の白身である。ところが白筋とされる鯛でも、瀬戸内海にある鳴門の鯛は、日々渦潮に鍛えられ、渦潮にあらがって泳いでいるため回遊魚に近い筋肉が鍛えられている。養殖の鯛と比べると一目瞭然、身がプリッとしまって美味なる高級鯛である理由だけれど、顔立ちもいかにも気が強そうで、キリッとした眉毛がある。
習い事を続けていて、そこそこ上手なところまでいったけど伸びなかった、という人の特徴に「リズム感」がある。オリンピック選手やプロスポーツ選手の動きが美しいのは「動きにリズムがある」からである。リズム感があるから人は見ていたくなるわけで、ないと見ていられない。歌や楽器が上達しない人にも「リズム感がない」という共通点がある。
走ることは筋肉による運動だけれど、ダンスは「運動」である上に、「リズム感」と「音楽力」、それに「表現力」が必要な、かなり高度な競技ではないだろうか。どれが欠けても、ダンスとして成立しない。
踊っていて楽しい、だけでも十分だけれど、上達したいなら、上を目指すなら、目と耳を肥やすことが何より大切になってくる。できない、の前に、見ていないのかもしれない。見たことがないものは、できない。自分の目で素晴らしいものをインプットして、自分の現状と比べてみて、違いはなんだろう?どうやればできるようになるだろう?と考えながら練習する。ただ練習するのではなく、こんなふうにやりたい、これがどうしてもできない、と自分にちいさな課題と疑問を持ちながら重ねた練習は、できない時間も含めて無駄にはならない。「身につく」という言葉のとおりに、身についていく。
横綱の白鵬さんは、強さを保ち続けている理由を聞かれて「自分は毎日稽古をしている、誰よりも好きなのだ、楽しいのだ」と答えられていた。世界的なサックス奏者である渡辺貞夫さんは、いまも毎日トランペットを吹いて「ここができていないな」「ここあんまりだな」と練習をされいるという。え、今でも毎日ですか、と聞くインタビュアーに、「好きでやっているんですから当たり前でしょう、昨日よりいい演奏がしたいし」と逆に驚かれていた。