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お笑いのネタ作りのコツ|笑いのポイントは、ボケ? ツッコミ?

「笑い」について考えてみた

漫才王者を決めるМ1グランプリは毎年楽しみに見ている。王者に輝いたコンビはもちろん、決勝に残るコンビはだいたい面白い。М1の漫才は、楽器などを使わないオーソドックスな「しゃべくり漫才」か寸劇タイプの「コント漫才」だ。以前『生活笑百科』にたずさわっていた放送作家に漫才のネタ作りを学んでいたが、当時はボケとツッコミで「落とす」掛け合いのしゃべくり漫才の台本の習作をたくさん作った。今はラジオCMの台本や4コマ漫画のネタに応用しているが、相変わらず漫才は大好きだ。今また改めて笑いについて考えてみた。

笑いはレベルが高い

よく、役者さんが「演技で『怒る』『泣く』はできても『笑う』は難しい」と言うが、もっと難しいのは「笑ってもらう」ことではないだろうか。この難易度の高い「笑い」を仕事にしている芸人さんが、よくテレビのドラマや映画に役者として出演したりする。それがまた本職の役者さん顔負けにリアルな演技をしたりするのは、難易度の高い「笑い」がベースにあるからではないかと思う。お笑い芸人さんが役を演じることはできても、役者さんが笑いをとるのは難しいだろう。

「なんでやねん!」笑いはツッコミがあってこそ

漫才やコントで笑いが起こるのは、ボケが面白いことを言った時だと思っている人が多いがそれは間違い。笑いが起こるタイミングはボケではなくツッコミが入った瞬間だ。

お笑いはタイミングや間(ま)が難しい。いくらネタが面白くてもタイミングや間を外すと笑えない。爆笑問題が面白いのは太田さんのボケに、田中さんが絶妙なツッコミを入れるからこそだ。まさに「息が合ってる」とはこのことだ。ボケてもツッコミが入らないと、笑うタイミングを逸してしまい、笑えない。

大阪では、一般人の会話でも誰かがボケると誰かが突っ込むという暗黙のルールがある。東京でよく大阪人が「ボケても誰も突っ込んでくれへん…」と嘆いているが、せっかくボケてもスルーされてしまうと笑いが成立しないままに終わってしまう。掛け合いで生まれる笑いは、ツッコミがあってこそなのである。よく「ツッコミが上手い漫才は面白い」と言われるが、ツッコミ役にも注目してほしい。

一人ボケの一人ツッコミ、落語の笑い

漫才やコントは2人以上でやるお笑いだが、落語や漫談は一人でやるお笑い。漫談の場合はツッコミが入らないので、大爆笑と言うよりボケのところでクスクス笑う。アメリカのスタンディングコメディのスタイルに近く、ネタも政治ネタや風刺ネタが多い。一方、落語は、右を向いて左を向いたら一瞬で人物が入れ替わる高度な芸だ。それも、老若男女や身分、立場も様々で一人で何役も演じる早変わりの話芸だ。

落語には大阪・京都を地盤にする上方落語と、東京を中心にする江戸落語がある。上方と江戸と別れているが、古典落語では上方の演目が江戸落語に作り替えられたり、その逆だったりで共通する演目も多い。演目のカテゴリーとして「滑稽噺」「人情噺」「怪談噺」「世話物」があり、上方落語では笑える滑稽噺が好まれ、江戸落語ではホロリとする人情噺が好まれるようだ。

創作落語や新作落語と呼ばれるオリジナル作品を演じる落語家さんもいるが、大半は古典落語の演目が多い。創作落語は独自に話を作るので自由度が高いが、古典落語は演者の解釈で細部が変わることがあるものの大筋は決まっている。古典落語はいろんな落語家が演じるのでお客さんの方も筋を知っている人が多い。その古典落語で笑いをとるのは至難の業だ。

古典落語の滑稽噺で「青菜」という演目がある。上方落語で何人かの拝見して「上手いなぁ」と思ったことはあったが、大笑いするほどではなかった。が、江戸落語で桂宮治さんの「青菜」は大爆笑した。一人ボケと一人ツッコミの緩急や間が抜群なのだ。「この演目、こんなに面白かったのか」と、そのレベルの高い笑いの話芸に感心した。

お笑いのネタ作りのコツは「あるある」を「ずらす」

ラジオCMや漫才など掛け合いのお笑いネタは、聞き手のイマジネーションにゆだねる世界である。一瞬でその世界に引き込むには、場面設定を説明する必要のない、誰もが知っている経験のある状況を使うのが分かりやすい。

  • 電車の中
  • スーパーマーケット
  • 人気のヘアサロン
  • 高級天ぷら店
  • インスタでみたお弁当の写真

これらは4コマ漫画「イノ子とペン太」で使ったシーンで、いわゆる「あるある」の場面だ。人が容易に想像できるものには、誰もに共通したステレオタイプのイメージがある。次にこの「あるある」常識をずらして、非常識にするためにボケを入れる。この「ずらし」にも手法がある。

  • 大げさにする
  • 場違いにする
  • 面倒くさくする
  • すり替える
  • 立場を変える

ナイツの漫才では、塙さんが延々と言い間違いの「小ボケ」を入れて土屋さんが言いなおすパターンで笑いがおきる。サンドウィッチマンのコントやコント漫才では、富澤さんが延々と勘違いや思い込みのボケを入れ、伊達さんが小さくキレるという笑い。どちらも「あるある」常識をずらした笑いのテクニックだ。これに最後の「オチ」を入れると漫才やコント台本の出来上がり。ぜひ、笑えるお話を作ってみてください。

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